日本が世界銀行から貸出を受けた31のプロジェクト

関西電力 多奈川火力発電

世銀初の対日貸出プロジェクト

多奈川火力発電所

大阪湾を臨む多奈川火力発電所

日本が世界銀行の加盟国となった1952年の翌年、1953年10月、初めての日本に対する世界銀行の貸出案件3件がワシントンDCで調印されました。日本開発銀行を通じた貸出はいずれも電力案件で、戦後復興の基礎として電力の安定供給がいかに重要であったかが伺えます。関西電力(2150万ドル)、九州電力(1120万ドル)、中部電力(750万ドル)に対するこれらの貸出は、いずれも火力発電所の電力供給能力を上げるものでした。

関西電力は、1950年頃から、大阪府泉南郡多奈川町の造船所跡地に火力発電所を建設する計画を立てていました。丁度この頃、ウエスチングハウス・エレクトリック・インターナショナル社が、ワシントン輸出入銀行の融資付発電機売込みの申し入れを行い、発電機2基の購入が進められました。ところが1953年、アメリカでアイゼンハワー新政権が成立すると、ワシントン輸出入銀行の融資方針は転換し、長期設備資金の融資は世界銀行が担当することになりました。その結果、関西電力も、九州電力、中部電力と一緒に、日本開発銀行を介して世銀貸出を受けることになったのです。

世銀と各電力会社との交渉過程では様々な問題が生じましたが、最終的に交渉は合意に達し、1953年10月15日、ワシントンDCで世界銀行ブラック総裁、日本開発銀行小林総裁の間で貸出の調印が行われ、同年12月29日に発効しました。貸出条件はいずれも利率5%、償還期限20年(うち据置期間3.5年)という条件でした。

関西電力は、大阪湾にある多奈川火力発電所に7万5000キロワットの高温・高圧の発電設備を2基購入しました。これにより、大阪、神戸、堺、尼崎といった主要都市に、鉄鋼、工業機械、化学薬品、窯業、繊維、造船といった産業を支える電力の安定供給が可能となったのです。多くの困難を伴った日本初の世銀貸出でしたが、この3社の電力案件を皮切りに、その後日本は積極的に世銀貸出を活用し、経済発展の道を進んでいきました。

プロジェクトデータ

調印日:
1953年10月15日
受益企業:
関西電力
対象事業:
多奈川火力二基(75,000kw x2)
貸出額:
2150万米ドル

大阪湾を臨む多奈川火力発電所

タービンの基礎工事

タービンの基礎工事

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